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灘簡易裁判所 昭和39年(イ)104号 決定

申立人 石本

相手方 中井久子

主文

本件申立を却下する。

申立の趣旨及び紛争の実情

申立人代理人作成の和解申立書によれば、「相手方は申立人に対し別紙目録〈省略〉記載建物を明渡す」との和解を求め、その紛争の実情は「申立の趣旨記載の建物は、申立人所有のところ、昭和三九年八月末日限り明渡を受くること並に右明渡の保証として、保証金七〇万を預かり右期日まで右家屋の使用を認めて来たところ、相手方は右期日がくるも明渡さないので、種々交渉中、此の程和解成立の見込みが生じたので、和解を御勧試下さるよう本申立におよぶ。」というのであり、当事者から提出された和解条項の案は別紙和解条項案のとおりのものである。なお相手方は和解期日当日に出頭し、口頭で「借家法のことは知らないが、和解条項案のような和解をする意思がある」旨述べた。

却下の理由

申立書記載の紛争の実情では、従来相手方は申立人に対し昭和三九年八月末日限り本件建物を明渡す約束で本件家屋を使用してきたというのであるが、右期日限りで相手方が申立人に対し明渡の義務を負う根拠については、右申立書記載の紛争の実情からのみでは明らかでなく、したがつて即決和解申立には「争の実情を表示して申立を為す」ことを要するとある要件にいわゆる民事上の紛争の内容を具体的に表示するには充分のものではない。

さらに一応申立人側で相手方に対し昭和三九年八月末日限り本件建物の明渡を受けられる旨の債務名義(例えば以前即決和解で右期日限り本件建物を明渡すことを相手方が承諾している等)を有していたとしても、本件の和解事件に当つては右の約束による明渡期日以後の当事者間の法律関係は別に考えなければならないことであつて、現在における当事者間の法律関係を真実和解条項案のごとく構成することが真実に合致するか否かを検討しなければならない。そこで和解条項案を見るに、第一項には「相手方は申立人に対し、本件建物の明渡義務があることを認め、これを昭和四一年八月三〇日又は神戸市より都市計画関係法にもとづき右家屋の移転又は撤去を命ぜられたときは、その指定日限り明渡す」とあり、一応現在では相手方に本件建物の使用権がない不法占有との立場のもとに、明渡期限の猶予を与えるように構成されているものの、第三項では「相手方は申立人に対し本件店舗使用の損害金として昭和三九年九月及び一〇月分として各二三、〇〇〇円、同年一一月分以降明渡期限まで毎月金二六、〇〇〇円を支払う」とあり、その他第四項には相手方に本件店舗の改造等を禁止する旨の条項、第七項には過怠約款の定め等があるが、第二項に「相手方は本件店舗明渡の際は、相手方が申立人に差入れてある保証金七〇万円の返還を受くる外、名義の如何を問わず金銭その他の請求をしないこと」とあり、これと申立書記載の紛争の実情中に、相手方は従前から申立人に対し保証金名義のもとに金七〇万円を差入れていた旨の記載があるから、この七〇万円を意味することが明らかである。そうすると第三項にある損害金を賃料と読みかえ、第二項の保証金を敷金と読みかえれば、容易に賃貸借契約の契約条項ともなり得るものであつて、当事者間の法律関係はむしろ賃貸借契約と構成するのが実情に合致するのではないかとの疑が濃厚で、特に約七坪五合の店舗の使用料としては一ケ月二三、〇〇〇円乃至二六、〇〇〇円は特に安いものとも思われず、一一月分以後一ケ月三、〇〇〇円の増額もあり、相手方が従来申立人に差入れている七〇万円は据置きであるところから見ると、申立人は本来は早急に本件建物を相手方に明渡してほしいように述べるものの、和解条項案のごとき即決和解をするならば、相手方が本件建物を使用、収益する利益と、申立人から損害金名義に支払を受ける金銭上の利益とはほぼ対等と見られ、対価関係にあると推察でき、当事者間では期間を更新して従前とほぼ同様の関係をつくろうとするに過ぎないと見られるのであり、本件当事者間の法律関係は賃貸借契約と見るベきものではないかとの感を強くするのである。そうするとこれを不法占拠と構成する和解条項案は、既に相手方に使用権限がないことを認めさせた上、約二年間で明渡をすることを承諾させ、さらに強力な過怠約款のもとに相手方に条件付明渡義務を負わすものであつて、結局は建物所有者の申立人側に一方的に有利且つ強力な権利を付与するものであるから、このような和解をすることは相手方の現在の占有が真に不法占有と見る以外になく、したがつて相手方において結果的に不利益な条項の和解に応じざるを得ない場合以外には、借家法第一条の二、第二条に正当事由がある場合以外の更新拒絶解約の禁止と法定更新の定めがあること、同法第六条に賃借人に不利益な特約の禁止の定めがあることに照し許されないと言わなければならず、この点については申立書記載の紛争の実情からはうかがい知ることができない。

そうすると、本件即決和解の申立は、当事者間の関係が実質は賃貸借契約ではないかとの疑が濃厚で、このような即決和解を許すと即決和解の名のもとに不法占拠と構成しながら期間が満了すれば新たな即決和解をすることによつて、建物所有者側では強力な権利を保持しながら実質的には期間を更新することによつて損害金名義の収益を得られるのであり、借地法、借家法の制限を逃れながらしかも賃貸借と同様な収益をあげられることが明らかであるから、本件は借家法の適用を排除することを目的とした申立ではないかとの疑もあり、右の疑問を消失するにたりる疏明がないし、申立書に記載の紛争の実情も充分と言えない。よつて本件申立を不適法と考え、主文のとおり却下の決定をする。

(裁判官 平山雅也)

別紙

和解条項案

一、相手方は申立人に対し、別紙目録記載店舗の明渡義務あることを認め、これを昭和四一年八月三〇日又は神戸市より都市計画関係法に基き右家屋の全部又は一部の移動又は撤去を命ぜられたときは、その指定日限り明渡すこと。

二、相手方は前項店舗明渡の際は、相手方が申立人に差入れてある保証金七〇万円也の返還を受くる外、申立人に対し老舗料、改造費又は引越料等名義の如何を問わず金銭その他の請求をしないこと。

三、相手方は申立人に対し、前項店舗使用の損害金として昭和三九年九月及び一〇月分として各二万三千円也、同年一一月分以降前項明渡期限迄に毎月金二万六千円也を毎月末日申立人方に持参又は送金して支払うこと。

四、相手方は申立人の承諾なしに本件店舗を改造又は模様替えしないこと及び本件店舗を営業用のみに使用し居住用に使用しないこと。

五、相手方の失火等により本件店舗が焼失したときは相手方は前記敷金の返還請求権を失うものとすること。

六、本件店舗の水道、ガス及び電気使用料は相手方において支払うこと。

七、相手方において前記三項記載の賃料の支払を二ケ月分以上延滞したとき又は前記四項記載の条項に違反したときは即時申立人に対し本件店舗を明渡すこと(本件店舗内の営業用備品器具一切は相手方の所有であることを申立人は認め、店舗明渡の際は相手方において即時持出すこと)。

八、本件申立費用は各自弁のこと。

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